22歳の若さで手に入れたイタリアの名車、デ・トマソ・パンテーラ。見た目の鋭さ、エンジンの轟音、何もかもが「速さ」を感じさせるその姿は、当時の若者たちにとってまさに夢の象徴でした。特にGT-40に強く憧れていた私は、自分のパンテーラを理想に近づけるため、様々な改造を施しました。RX7のルマン用ミラーを装着し、ボディに濃紺のフォードストライプを入れるなど、細部まで自分好みに仕上げる作業は、時間と手間を惜しまぬほどの楽しみだったのです。
ドライブに出かける度に、パンテーラは視線を集め、まるで私と共に街を駆け抜けているような気分でした。夏の青空の下、田舎道を走り抜け、エンジンの唸りを聴きながら感じる自由は何物にも代えがたいものでした。しかしそんなパンテーラとの生活にも、ある日、大きな転機が訪れます。

それは、25歳の夏、結婚の決意を固めたときでした。新たな家庭を築くにあたり、スポーツカーは現実的な選択ではありませんでした。パンテーラとの別れは寂しくもありましたが、私には大切な決断をする時が来ていたのです。
家族と共に新しい生活を始めるため、私はパンテーラを弟に譲ることにしました。彼もまた、この車に憧れを抱いていた一人であり、パンテーラを受け継ぐことで彼も夢を手に入れることができると感じました。弟がパンテーラに乗り始めた後、私たちは共にドライブすることが増えましたが、彼の手で更なるカスタマイズが施され、車は一層輝きを放っていました。
パンテーラを譲ったその年、私は新たに家族を迎え入れるために、人生初の新車であるポルシェ911カレラを購入しました。ファミリーカーとは言え、ポルシェ911カレラはそのスポーティなデザインと高性能エンジンで、やはり特別な存在でした。1989年の夏、私は新たな一歩を踏み出したのです。

新車の911カレラと共に始まった家族生活は、それまでの独身時代とは違った喜びに満ちていました。ポルシェの洗練されたハンドリングと安定感は、パンテーラとはまた別の魅力があり、ドライブの楽しさを再発見させてくれました。ファミリーカーとしての役割も果たしつつ、妻や後に生まれてくる子供たちと一緒に過ごすための大切な一台となりました。
車は変わっても、運転する喜びや愛車への愛情は変わりません。パンテーラでの思い出を胸に、新たな愛車と共に家族と過ごす時間が、次のステージでの私の幸せとなっていったのです。

時折、弟がパンテーラで家に遊びに来ると、つい懐かしさで胸が熱くなります。彼もこの車で多くの思い出を作り、私と同じように愛情を持って手を加え続けていました。私にとって、パンテーラはただの車ではなく、青春時代の象徴であり、今では家族の中で次世代へと受け継がれる「宝物」となっているのです。

振り返れば、22歳の頃に感じたスピードへの憧れや自由への夢は、今も心の中で生き続けています。
車と共に過ごした時間、そしてそれを受け継いでくれた弟との絆は、これからもずっと私たちの家族の中で輝き続けるでしょう。
引用元:https://www.facebook.com/groups/242658989258452/posts/2462182360639426,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]